2009年06月26日

組合員の方が描いた商店街の

▲画:故 高寺正雄画伯

魚らん商店会は太平洋戦争でも、警防団(消防団)の活躍で焼けずに残った古い商店街です。

ですから町並みも明治大正の頃の古い木造の家並みがかなり残っていました。

魚屋さんや生鮮食料品店、乾物屋さんからパチンコ店と多く商店がありました。

昭和40年頃の商店街付近

▲みなとケーブルテレビ『やっぱりみなと ぐぐっとGood!』より

昔は都電も通り、目黒方面・品川方面・五反田方面と三系統の経路がこの地を走っていました。

終戦直後は満員を通り越して鈴なり状態の乗車率で、車内に入れずに窓にぶら下がる光景は日常茶飯事でした。

雪が降った時などは、都内で一番急な坂と言われる伊皿子坂(頂上で魚らん坂に繋がる)を電車が登れない事などもありました。

そのような時は、線路に砂を撒き摩擦を多くして、なんとか急な坂を登っておりました。

都電があった頃はどこにでも行けて、意外と便利な場所でもあったのです。

カルナバル01

商店会の歴史は古く、大正9年に商盛会として発足しました。

その後昭和25年頃に、現在の協同組合の組織となりました。

組合加盟店は180店舗ほどで町並みもそろい、この界隈はかなりの賑わい様でした。

カルナバル02

また全国に先駆けて、昭和47年から歩行者天国のイベントを15年間開催しました。

SLやゴレンジャーショーなど、他ではまだまだ行っていない地域の催し物を盛んに開催していました。

カルナバル03



gyoran_7571 at 11:03

2009年06月25日


魚らん坂

魚らん坂下という地名は江戸時代の俗称で、古川に架かる三之橋のやや上流部、南岸の永松町(現在の三田五丁目)から南へ、伊皿子台方面に上がった坂を魚籃坂(ぎょらんさか)と呼ばれていました。

坂名の由来は、坂の中間に魚籃観音を安置した魚籃寺があることから名付けられました。

その坂下一帯を俗に魚籃坂下と称しました。



gyoran_7571 at 10:46
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